夏でも日本酒、燗ならなおよし【友美の日本酒コラム006】おとついからの二日酔い
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うだるように暑い日が続く。外に出た瞬間、顔、脇、背中、と全身の毛穴から汗が噴き出てせっかくあれこれ悩んで決めた洋服もしっとりしてしまう毎日だ。…と思えば室内は低温に冷やされていて温度差がすさまじい。食欲も料理する気も失せて、冷たいそばや素麺を食べ、キンキンに冷えたビールを飲む機会も増えてくる。そんなことを続けていると次第に、お腹を壊したり、自律神経を崩して病気に繋がってしまう。
だから夏は飲むお酒を、熱燗にするのはどうだろう。室内に入ってすぐはやはり冷たいものが欲しくなるから、無理せず飲みたいものを。クーラーや扇風機で冷やした涼しい室内に馴染んできたころからは、胃は熱燗で落ち着けて身体のなかを温める。合間に飲むチェイサーは氷ナシの常温がいいだろう。夏こそ熱燗!とは言わないが、夏の燗酒だってなかなか悪くない。しかしこの熱燗、一括りにできないほど奥が深くて大変なのである。店で燗酒を飲むとすれば、これがどこの店でも同じってわけじゃない。
とある飲み歩きイベントで、燗酒用機械を製造販売するメーカーの営業マンが率いる“熱燗ブーズ”での接客を担当したことがある。毎年恒例の人気イベントだから、まるで正月の縁日のごとき賑わいで人がごった返していた。大半の人は、散々飲み歩いて疲れたからそこに留まっているか、各飲食店では1酒蔵の酒しか飲めないからいっぺんに色々飲みたい、という気持ちで燗酒ブースに来ている人ばかりだった。だけどその中にも、ちらほらと燗酒好きが混じって、唸りながら燗酒を飲んでいるのだった。ひとりの男性が「この酒は燗に向くか?」「燗にするならどの酒だろう?」「温度は任せるよ」としきりにわたしのところへやって来る。すべて答えながら、彼好みの燗をいくつか出した後だった。
「他の人にもやってもらったが、ただのあったかい酒だったんだ。」と彼が言う。
「ほう、それは?」とわたしがニヤリとすると、
「燗酒じゃないんだ、あったかいだけの日本酒なんだよ。」と今度は顔をしかめた。
ブースを改めて見やると、製造メーカーのかたとボランティアスタッフ合わせて10名ほどがいる。しかしその日は平日。地域の飲食店関係者は自店の営業に当たっているため、スタッフのほとんどはお酒好きの素人だった。わたしは偶然(無理やり?)自分が仕切る店をアルバイトの女の子に任せて、イベントの手伝いをしていた唯一のプロだった。おそらく毎日熱燗をつけているような人間は、この中でわたしくらいだ。
燗酒は、全体をムラなく対流させて同じ温度にしてやればいいだけのはずだ。しかし不思議なもので、どのようにして温めたかによって全く違った味わいに仕上がる。
1、お酒の選択
2、ちろりの素材(銅、錫、ステンレス…)
3、手法、温度の見極め(多用する自分の手法はあるが、酒合わせてやり方を変える)
4、かき混ぜるかどうか(泡立つほどかき混ぜるか、極力触らないか)
5、湯煎するお湯の温度(一気にやるか、じんわり温めるか)
6、目標温度への持ってゆき方(そのままその温度にするか、冷却して合わせるか)
7、注ぎ方(デカンタージュするか、そっと注ぐか)
ざっと挙がるだけでも、これだけの要点がある。わたしはラーメンが大好きで最低でも週に2回ほどはどこかの店に行くのだけど、あるとき気がついた。そうだ、このマニアックでオタク的な世界は、ラーメン屋における麺の扱いに似ている!と。“湯切りに使うのはテボか平ザルか?”は、そのままちろりの素材に置き換えられる。つばめ返し、天空落とし、二刀乱舞、月光三段切り、ジャンピング湯きり、震源地、荒野の背面切り、竜神神隠し…、一時期話題になった湯切りの手法に至っては、ちろりに酒を注いだ後の扱い全てに通じるようで、もはや宗教の宗派や芸道の流派のはなしのようだ。よく似ていると思う。はた目から見ると「味に関係ないんじゃ」ということも一部あるが、もしかするとそれによって本人の気持ちが大いに盛り上がるのかもしれない。「この人嫌いだ」と思って握られた寿司がマズイように、燗酒にも人の気持ちが反映されるかもしれない。技法とエンターテインメント性。突き詰めることのできない、終わりの見えない旅がそこにはある。
まぁ、こんなに語ったあとで言うのもなんだけど…飲むかたは気軽に、感じるままに楽しんで欲しい。ただし、熱燗って手掛ける人によって違うんだ、奥深いんだなぁということだけ頭の片隅に置いてくれたら、みんなお燗番冥利に尽きるんじゃないかな。夏でも日本酒、燗ならなおよし。