東京より暑中見舞い申し上げます。【友美の日本酒コラム005】おとついからの二日酔い
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わたしが日本酒を仕事にしはじめたキッカケのひとつは、飲食店だった。実家が営む居酒屋の日本酒仕入れ先開拓に関わり、自身でも日本酒バー、居酒屋、小料理屋…と店に立ち日本酒を提供してきた。そこにいつしか、日本酒のある場所に赴いて記事を書くライターの仕事が加わり、カルチャースクールの講師やイベント主催など、今ではとにかく日本酒にまつわるすべてがわたしの仕事となった。「良い仕事だねぇ」なんて言われることもあるが、仕事は仕事なので楽しいこともあれば辛いこともある。他の仕事となんら変わりない。しかしやっぱり昼間の仕事とは違う、特殊な部分もあるのだ。それが「酔っぱらう」が付き物であること。
店ではお客様みんなが酔っているし、取材に行けば試飲する。蔵元や飲食関係者と飲みながら酒について語り合えば、相手も自分も酔っぱらっている。酔えば、普段出すことのない気持ちの尻尾を見せてもいいんじゃないか、と思える時がある。だから相手の本質に近い部分、生活や生き方に触れることも多い。そんな毎日のなかから今日は、わたしの好きなお客様のことを書こう。
有楽町にある日本酒バー、月曜から日曜まで曜日ごとに毎日異なった女将が担当するという変わり種のバーでわたしは『月曜日の女将』をしている。気の合う女将がいる日だけ通うお客様が多いなか、Hさんは女将に関わらず“お店”のお客様だった。
父親も自らも転勤族であるHさんには話題の引出しはたくさんあって、ひとつの酒をキッカケとして様々な話が出てくる。
「この酒蔵がある辺りは今ごろの季節、一面にツツジが咲いて綺麗なんですよねぇ。」
「駅前におじいさんとおばあさんがやってる何てことない飲み屋があるんですよねぇ。カウンターはちょっと油っぽくて、出てくる酒も選べない。酒っていうと有無を言わせず白鹿が出てくるんです。」
「小さいころ住んでいた高円寺のマンションから、煌々と光る“爛漫”のおっきなネオンが見えて部屋をパァッと照らすんです。今でもあのネオンはあるんですかねぇ。」
Hさんの話はいつも情景の細部がハッキリと際立って、まるでわたしも一緒に訪れたかのように想像することができる。よく覚えているなぁと感心するくらい。他のお客様の話で知らないことは「それは知らないなぁ。」とひと言いって、一生懸命に耳を傾けている。どんな人とも世間話をするし、店が混んでくるとサッと席を立つ。まるで河島英五の歌に出てきそうだ。控えめだけど、酒場というものを誰より心底楽しんでいる感じがするのだ。
お酒の種類に大きなこだわりはなく、写真を撮ってSNSにアップもしない。代わりに隣のお客様の注文に便乗したり、わたしがお勧めするお酒を「ではそれを」と受け入れたり、「広島の酒はいいですねぇ」なんて酒蔵の場所を聞いて注文する日もあった。他の日と同じお酒を勧められても気にしなかった。Hさんが自ら語ることはないが、日本酒が日々変化していくこと、自分の味覚が毎日違っていることを知っているのだろう。駆け抜けたりしない。いつもゆっくりと歩くスピードで物事を見ているHさんの視点がとても好ましかった。
毎週月曜日、いつしかわたしのほうがHさんに会えるのを楽しみにしていたある日、突然の別れが訪れた。転勤が決まりようやく家族が住む自宅に戻るというんだから、喜んで送らなければならない。ほぼ毎週会っていたはずなのに、この時ようやく名刺交換をすることに気がつくのだった。
今日も関西の酒場でHさんがそっと盃を傾けていると思うだけで、心にぽぅっと温かいものが灯る。「神雷」をおいしそうに飲み、おかわりしていた姿が印象深い。Hさんが働く街へ行くときには、いつかワガママを言って酒場を案内してもらおうと企んでいる。きっとまた話の中に、大阪や奈良や兵庫のわたしが訪れたことない風景を見て、より多くの街を旅をした気分になることだろう。
提供しているように見える店側の人間も、お客様から対価以外の多くをもらっている。本当になんてことはない、どこの酒場にでもある人と人、人と酒との出会いの話だけど、こんなことが誰かの人生を支えていたりするんだから、酒っていいなぁと改めて思うのだ。いつも酒場をゴールに据えて、かなり長い距離を歩くHさん。毎日暑い日が続く関西だから「どうかお身体に気を付けて」と心の中で願う。