ジャケ買いのすすめ⑤ ~春の巻その三「淡緑&春ノ薫風」~
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今回のジャケ買いのすすめは、イラスト、絵柄のない、文字、言葉だけのジャケットを選んでみました。
私事でありますが、私は昭和37年生まれ、物心がついたころには、テレビがありました。勉強の邪魔になるとの理由で色々と制限されましたが、親のいないときはテレビにかじりつく、その時代の「テレビっ子」でした。ラジオはほとんど聞くことはありませんでした。
中学二年ときに体調を崩し2週間ほど入院することがありました。個室でしたが、テレビはなく、ラジオだけが楽しみでした。当時ラジオから聞こえてきたのは、太田裕美「木綿のハンカチーフ」キャンディーズ「春一番」、そしてとりわけ私が虜になったのはグレープ(さだまさし)でした。「精霊流し」「ほおずき」「追伸」「無縁坂」などなど、流れてくる音楽(歌詞)だけで、季節の中に展開していく、大人の世界と恋の場面を自分なりに季節の色をつけて頭の中で絵にして描いたものでした。
余談が長くなりました。本題に入ります。今回選んだジャケットは、「淡緑」(うすみどり)「春ノ薫風」の二本。このジャケットからそのお酒の醸し出す春の場面、一瞬の春を自分なりに描いてみましょう。
群馬泉 淡緑(うすみどり)(群馬県)
私がイメージする「うすみどり」は、桜が散り始めるころ、冬の間、葉を落とした街路樹が若葉をつけ始めるころ。また、常緑樹の濃緑の山の中に薄緑の若葉の木々をまばらに見始めるころ、そんな季節感が「うすみどり」です。
もともと日本酒の淡緑は、日本刀の薄緑から命名されています。その太刀は源義経が名付けたと伝えられ、豊前國佳長円作で平安期優雅な太刀姿は日本刀の美の極致と言われています。
優良酒造好適米「群馬若水」で醸した純米酒の淡麗、温雅な味わいにこの名刀をしのび「淡緑」と命名されました。
日本刀「薄緑」の号の由来は平家物語にも語られています。
「義経特に悦びて「薄緑」と改名す。その故は、熊野より春の山を分けて出でたり。夏山は緑も深く、春は薄かるらん。されば春の山を分け出でたれば、薄緑と名付けたり。」
この一文からも、淡緑(薄緑)が初夏前の春の一瞬の時季であることが読み取れます。新緑前の一瞬の春をお楽しみください。
紀土 「春ノ薫風」 (和歌山県)
風薫る五月”といったように、今日では決り文句化していますが、この「風薫る」は、もとは漢語の「薫風」で、訓読みして和語化したものだそうです。「かぜかをる軒のたちばな年ふりてしのぶの露を袖にかけつる」(藤原良経-秋篠月清集)といったように和歌にも詠われていますが、花の香りを運んでくる春の風を指すことが多かったようです。それが俳諧になると、青葉若葉を吹きわたる爽やかな初夏の風の意味になり、はっきりした季感をもって用いられるようになりました。
「風薫る季節」薫風は五月、夏の季語です。ここでの「春の薫風」はまさにその初夏の一歩前の季節でしょう。花冷えが終わり、一気に温かくなり、爽やかな春の薫風が、冬の間、心をおおっていた重いコートを脱がしてくれそうです。
さて、紀土「春ノ薫風」は春のそよ風を思わせる柔らかく優しい香りとフレッシュながらも米の旨味を見事に引き出した豊かな味わいが口中に広がります。喉越しは爽やかで余韻は比較的短めです。適度な辛味を残しながらソフトに消えて行きます。ぜひ、この季節、お試しください。
和歌山の友人に聞きました。あなたの風薫る季節は?
「紀州有田地方の段々畑のみかん畑には、良い香りを放ちながら、可憐小さなみかんの花が咲きます。 ゴールデンウィーク頃の時期には、緑一色の畑が一面白っぽく見えるほど沢山の花が咲くのです。」
京都の友人に聞きました。あなたの風薫る季節は?
「東山の緑の色香を風が運んできます。寒暑の厳しい京都にあって、初夏はもっとも過ごしやすい季節です。桜見物と祇園祭の観光客の賑わいのはざまに、京人が京の良さをしみじみと取り戻す季節です。」
春の宵、頬を撫でる風が心地よい。今日も日本酒が美味い。