<Work Rice Balance ~仕事と日本酒と人生を味わうエッセイ 013> 新春の訪れ
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年を重ねると1年が早く過ぎる、というが、たまに冷静になり「時間だけは老若男女誰しも平等だ」と自分に解説してみたりする。それは濃度の問題、つまり新しい発見などもなく淡々と同じことをしていれば必然早い”ように感じる”だけのはずで、「日々何か違うことをしなければ」と意気込み、食後の散歩コースを変えてみたりする。小さな抵抗、それでもやらずに夕方を迎えたくはない、そんな小さな反骨精神を重ねてこの冬を過ごしている。
暖冬なので春の足音を待つ感覚も薄らいでいるが、それでも2月4日には立春を過ぎた。二十四節気の中では「春の始まり」となるこの日。それを祝うかのように、特別な日本酒も出回っている。今回はそんなお酒をご紹介。
【一杯目】栃木 せんきん 「仙禽 立春朝搾り」
日本三大「美肌の湯」の1つである喜連川温泉。その温泉がある栃木県さくら市に酒蔵を構える。仙禽とは仙人に使える鶴のことで、酒蔵と酒の由来となっている。
生原酒だけあって、フレッシュ且つ発泡感がある。旨味の中に僅かに酸味があって、そのバランスが素晴らしい。癖のない甘さだけどしっかりキレもあって、食事の邪魔にならない。
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<立春朝搾りとは>
日付も入った特徴的なラベルだが、これは日本名門酒会が企画する「立春朝搾り」の日本酒。
旧暦のお正月にあたる立春の日の早朝に搾り、その日のうちに酒店や個人に届ける予約制の「祝い酒」である。今年は全国44の蔵が、この企画に参加した。
20年以上前にスタートしたこの企画だが、立春の日に味が一番良い状態になるように完璧な管理と緻密な調整を要するため、大吟醸を醸すより神経を使うと言う杜氏もいるらしい。
また、搾り上がったらすぐに瓶詰めして出荷するため、立春の日は蔵人たちは夜を徹して作業する。近所の酒屋が瓶詰めや出荷の作業を手伝うことも多々あるとのこと。期日が決まっている分、文化祭の準備のような忙しさだろう。
さらに、祝い酒ということで、出荷作業の合間に近隣の神社の神主さんによるお祓いが行われるらしい。お酒を造る人、運ぶ人、売る人、飲む人、全員の無病息災・家内安全・商売繁盛を祈願するという、とてもめでたく希少なお酒なのである。
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【二杯目】千葉 飯沼本家 「甲子 立春朝搾り」
酒造りにぴったりの地名、酒々井に300年続く酒蔵。かつて近隣の寺社に御神酒を奉納するために酒造を始めたのがきっかけらしい。
ラベルがほぼ同じであることから、企画のこだわりが窺える。微発泡で、メロンのような甘味にジューシーさが混ざる。でも単にジューシーなだけなく、ふっくらしたお米の旨味と日本酒らしい苦味もやってきて、十分なコクを感じることができる。
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立春の前日の夜、節分に豆まきをするのは、邪気を払い、福を呼び込み、新しい春を迎えるため。
新年から1ヶ月経って”一年の計”も薄らいでいた自分に再度気合いを入れ、気持ちを新たに店を出る。