<Work Rice Balance ~仕事と日本酒と人生を味わうエッセイ 006~> 夏と酒とスポーツと
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運動不足。雨や暑さのせいで食後の散歩に行く気もならない。車通勤ではないので、仕事では地下鉄に乗るためにちょこちょこ歩くことはあるものの、家族で出かけるのは車が中心になり、体を動かす機会が減っている。
思い出すのは高校時代。男子校の映画制作部で、やれロケハンだ、やれ撮影だ、やれ打ち上げだと自転車で狂ったように走り回っていた。あの時なぜあんなに体力があったのか、不思議でしょうがない。
高校時代といえば、運動部の友人も多かった。6月から8月は、総合体育大会(総体)や甲子園でみんな盛り上がっていたっけ。
そんな季節、行きつけの居酒屋にて、日本酒にもスポーツの波がやってくる。
【一杯目】秋田 山本 合名会社 「山本 FAST BREAK」
まずはバスケットボールをテーマにした一本。
ファストブレイクとは「速攻」のこと。
華やかな香りと、爽やかな飲み口、綺麗な酸味。
「おおっ!」と感じながら飲み込んだ瞬間、キレの良さであっという間に口の中がフラットになる。まさに速攻、という印象。
こうしたスポーツラベルの酒は夏に出ることが多い。やはりこれも「季節物」ということなのだろう。今年の冬にはスノースポーツをテーマにした一本にも出会えるだろうか。
【二杯目】秋田 山本 合名会社 「山本 ツーアウトフルベース(純米吟醸)」
同じく山本合名会社より、野球をテーマにした日本酒。
パッケージを見ると、どうやら9回裏。緊迫した状況をイメージした青いラベルに
フレッシュな味わいにピリッとした酸。華やかさはないけど、ロックでも飲みやすい一杯。
【三杯目】秋田 山本 合名会社 「山本 逆転サヨナラ満塁ホームラン(純米大吟醸)」
二杯目の続編。
9回裏でひっくり返す、ドラマチックな展開。劇的な勝利をイメージして、ラベルは赤になっている。
二杯目に比べて、華やかさが割と前面に出た綺麗な味わい。まさに祝い酒。
ちなみに、純米吟醸と純米大吟醸は精米歩合、すなわち「原料の米をどのくらい削ったか」が異なる。米の外側を削れば削るほど、雑味のない味わいとなる。純米吟醸は精米歩合60%以下(40%以上削る)、純米大吟醸は精米歩合50%以下(50%以上削る)という条件があり、大吟醸の方がスッキリした味になりやすい理由の一つ。
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自分も運動しなきゃと心に決めたタイミングで、子どもに市民プールのブームが訪れ、毎週のように行くことになった。大変な週末の予定が増えたけど、体を動かせるありがたい機会だと思うことにして、今週も自転車に乗せて連れて行く。
忙しい時は食事がバタバタしがち。
朝はご飯をかきこんで子どもの送迎準備に取り掛かる。早く起きればもっと余裕ができるのに、といった自省は、「ギリギリまで寝てたいし!」という欲望の前に無かったことに。
会議が長引いたときの夕飯は、会社の近くでセルフうどん。混んでいるときは天ぷらを迷う余裕すら後ろからの圧力の前に霧消してしまう。
こんな中でふと、ゆっくり果物でも食べたくなる衝動に駆られる。そんなときはどうしようか。そうだ、日本酒で果物を食べた「つもり」になろう。
【一杯目】秋田 阿櫻酒造 「阿櫻 もぎたて りんごちゃん」
ラベルのキャラクターが可愛らしい一本。
その見た目以上に膨らみのある味わいでジューシーな美味しさを感じられる。夏に飲みたくなる白ワインのような酸が口の中を心地よく刺激して、何杯でも飲めてしまいそう。アルコール度数も12度と低く、日本酒に馴染みのない人も飲みやすいお酒。
「りんご」をアピールする日本酒も最近増えてきているが、別に林檎そのものを使っているわけではない。これは、リンゴ酸の話。
日本酒には何種類かの酸が含まれており、酸が多いとキレがよく飲んだ後もきりっと締まるお酒に、酸が少ないと丸みのあるお酒になると言われている。
含まれている代表的な酸の一つがリンゴ酸だ(他には乳酸やクエン酸がある)。その名の通り、果実の林檎にもたくさん含まれている。刺激的で、それでいて爽快感のある酸味が、お酒の味に面白い変化をもたらす。
この独特の味わいが、日本酒に慣れていない方やカクテル・ワイン好きの女性にも受け、各メーカーが同類の日本酒を醸し始めている。リンゴ酸を大量に出す酵母も開発され、その人気は年々増していくばかり。今やすっかり注目のお酒なのである。
【二杯目】千葉 飯沼本家 「甲子 林檎(KINOENE APPLE)」
リンゴ酸をこれでもかと含んでいる千葉のお酒。
林檎というよりは、トロピカルフルーツジュースのイメージ。
甘酸っぱくて、爽快で、飲んだ後のスッキリ感に驚く。これだけの香り、甘みが強いかと思いきや、酸味とのバランスが良くてスイスイ進む。
暑い時期にキンキンに冷やしてガラスの酒器でクッと飲みたくなる味わい。
飲むだけ飲んだ結果、「やっぱり果物も食べたい」という当たり前の結論に達して苦笑い。まずは土日から、いずれ早起きして平日の朝にも、食べたいと思うものを余裕をもって食べられたら幸せだなあ、と思いつつ、深酒にならないよう店を切き上げ、電車に飛び乗る東京の夜。