<Work Rice Balance ~仕事と日本酒と人生を味わうエッセイ 002~> 俺達の夏(酒)
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暑い。5月というまだ気候に余裕のありそうな季節にこれだけの気温をぶつけられると、少女漫画のヒロインの如く「ま、まだ心の準備が……っ!」と叫びたくもなる。
ビル街で上を見上げると、夏の空の色、夏の雲。この雲を追いかけるように自転車で爆走していた中学時代を、汗を拭いながら自主制作映画を撮っていた高校時代を、学園祭の準備に駆けずり回っていた大学時代を思い出す。どれも自分なりの青春のシーンばかりで、「こんな時期に、オフィスに籠ってる場合ではないのでは」と気が沈んだりもして。
感傷に浸ってばかりもいられない。やるべき山積みの仕事を片付け、日本酒に浸りに行く。
ついに夏酒の入荷が始まった。
一杯目
岩手 赤武酒造 「AKABU Natsu Kasumi」
2011年の東日本大震災で蔵が津波にのまれてしまい、盛岡市内に移転した復活蔵で、立ち上げた新ブランド「AKABU」 まさに復興の象徴ともいえる銘柄が、夏に向けて放つ一本。
オリ(出来たての酒に残っているお米の破片や酵母)が絡んでいることで、米の旨味や酸味がしっかり広がる。とはいえ重たいわけではなく、軽快な味わい。口に含んだときのフルーティーな香りが、鼻から心地よく抜ける。
うん、まさに夏酒。
夏酒
夏酒という言葉が生まれたのもここ10年くらいのことらしい。
もともとは、夏の日本酒の需要拡大のために作られた単語。確かに、「冬は熱燗!」に対して「夏はビール! ハイボール!」というのが一般的で、夏に日本酒というのはピンとこない部分もあるだろう。ビアガーデンで日本酒頼まれても、という感じである。
こうした状況を受け、近年は各酒蔵が趣向を凝らして夏に飲みやすい日本酒を醸し、夏酒というジャンルで出しているのである。
ちなみに、夏に飲みやすいといっても、「スッキリしている」「酸味が効いている」「どっしりしていてロックに合う」など色々な味わいがあり、それが夏酒の楽しみ方の一つでもある。
二杯目
青森 八戸酒造 「陸奥八仙 夏吟醸」
綺麗なブルーのボトルが、また涼しげでステキ。
華やかな香り、軽やかな甘み。炭酸はないけど、暑い中でゴクゴクと喉を潤せるサイダーのようなスッキリ感。キュウリの一本漬けや、白身やタコの刺身など、瑞々しい肴が合いそう。
少し心も落ち着き、食後の散歩で時折撮っている空や木々の写真を眺める。海に行きたいなあ。フラッと海に行って、音楽でも聴きながら素足を波に浸したい、とまたも感傷に浸るループ。積み上げてきたものは確かにあるはずなのに、手の届きそうにないものにばかり目が行ってしまう。
三杯目
神奈川 泉橋酒造 「いづみ橋 夏ヤゴ MOMO13」
ラベルにもちょっとした遊び心。普段はトンボの絵の描かれたこのお酒、夏なので幼虫のヤゴが描かれている。ラベル名の13は「田んぼの中で13回程度脱皮して羽化する」というヤゴの生態から。
ずっしり来るやや重ための味わいだけど、まろやかな甘さも広がるので飲みやすい。
クラッシュアイスを1つ入れて、キリリと冷えたロックで飲みたくなるような、そんな夏酒。
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ふと、社会人3年目のときに、始発で江ノ島に行き、海を見てから出社したことを思い出した。不自由さはあるけど、自由が無くなったわけじゃない。早朝でも夕方でも、また電車に揺られて出かけてみようか。本当の夏も、すぐそこ。