日本酒物語『吞めど 話せど 愛せども』〜百合子と優の場合
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- 日本酒は縁を繋ぐ。
- それは時として恋人、夫婦、親子、同僚…様々なあいだを取り持つだろう。日本酒を軸として繰り広げる様々な人間模様を描いていくストーリー。
百合子は昔から、お酒が好きだ。
飲兵衛には『飲み会が好きなタイプ』と『お酒そのものを愛しているタイプ』との2種類いるが、百合子は自他ともに認める後者タイプだろう。家や居酒屋で1人盃を傾け、お酒と対話することがその1日の癒しとなり、明日への活力となるのである。お酒は決して裏切らない。
「ねぇ、あなた覚えてる?」
「ん?なに?」
優は、雑誌を読む手をすこし止めて答えた。今流行りのカルチャー誌で今月は、珈琲の特集をしている。先月は猫特集だった。優しいと書いてまさる。「あのアクの強い両親からよくこの人が育ったな」と意地悪くもつい考えてしまうほど、名前そのままの真っ直ぐで心優しい百合子の旦那だ。
「facebookで“過去のこの日“っていうのが出てきたんだけどね。4年前の今日、みんなで湘南の蔵イベントに行ったらしいんだけど…あなたもいたかしら?思い出せないの」
「あぁ、僕も行ったよ。キミは覚えてないかもしれないね。他の日本酒好きの友だちとしきりに日本酒談義をしていたし、あのころ僕は日本酒のことなんてちっとも分からなかったから」
「あぁ…そうだ!村田ちゃんが“純米大吟醸じゃなきゃ飲む価値がない“なんて言うから、わたしは腹が立って、言い合いになったのよね。懐かしい」
「そうそう。ビールやら日本酒やらでお互い酔ってるもんだから、一歩も引かなくてね。周りは止めるのに大変だったよ」
「そういえば村田ちゃん…あんなこと言ってたくせに、最近は純米吟醸の燗酒ばかり呑んでるわ」
「そうなんだ(笑)」
「あなた、そんな場面を見て、よく結婚する気になったわね?」百合子が、わたしならとてもじゃないけどゴメンだわと大げさに笑う。
「んー、それが僕にはちょうど良かったのかもしれないなぁ」
「ふーん、そんなもんかなぁ」
「そんなもんだよ。何かをそんなに愛せるってことは、それが何であれ素晴らしいと僕は思うよ。それに、おかげで日本酒に詳しくなった」優はすでに珈琲特集に目を戻しながら、なんでもないように答えた。
―そうだ。今夜は「秋刀魚ときのこのバジル焼き」と、湘南の純米酒にしよう。
お米の代わりにお燗でもつけながら呑んで、ゆっくりどうでもいい話をしよう。4年後には覚えていないかもしれないけれど、そうしたらまた旬のものを並べて2人で同じ酒を呑み、もう一度思い返してみるのも悪くない。
「わたし、ちょっと出てくるね」百合子は大井町の酒屋へと急いだ。
私の方こそこうして、日々彼から、2人で飲む酒の美味しさを教えられていたのかもしれない。
百合子と優の場合<END>
※このストーリーはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。