シュキ買いのススメ(酒器買いのススメ)① ~錫器のちろり戦前編~
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日本酒を飲むための酒器へのこだわり、特に冷やした日本酒を飲むときの酒器選びの楽しみは格別なものがあります。今回は錫のちろりについて触れたいと思います。私は辛口の純米酒から少しフルーティな純米吟醸酒まで楽しみます。
錫器の歴史
以下、大阪錫器HPより抜粋いたします。
錫器が日本に伝わったのは今から約1300年前といわれ、奈良正倉院宝物に錫製薬壷・水瓶などが数点保存されています。金、銀に並ぶ貴重品であった錫は宮中でのうつわや有力神社の神酒徳利、榊立などの神仏具としてごく一部の特権階級のみ使用されてきました。
『人倫訓蒙図彙』(1690年出版された風俗事典的絵本)では「錫師は錫鉛を以て徳利鉢茶壺を造る、」と記され、江戸初期に京都を中心に製作されていた事が確認されています。
その後広く一般にも普及していくと酒器や茶器の形も美しさを保ちながら使い易さを重視した現在の形に落ち着いてゆきました。
大阪錫器の歴史
大阪における錫器造りの起源は、延宝7年(1679年)『難波雀』に「錫引き、堺い筋」とその記録があり、江戸中期には、心斎橋・天神橋・天王寺など流通の良い上方(大阪)で生産され、やがて産地から産業へと拡大されました。
錫屋の老舗〝錫半〟(1996年閉店)が正徳4年(1714年)に心斎橋で開業。その後多くの大阪の錫器製造業者が集合し、特産品としての地位を確立しました。
最盛期の昭和前半には大阪全体で300名を超える職人が競うようにその腕を振るったといわれています。
第2次大戦の勃発とともに、職人の招集が相次いだり、戦時統制により材料の入手が困難になるなど大きな打撃をうけました。以上大阪錫器HPより抜粋。
さて、写真のちろりですが、箱には大阪市南区八幡筋御堂筋西へ入る。商号「錫仙」市村仙之助との銘が書かれていました。
資料がなく、詳細はわかりませんが、おそらく戦前のものと推察されます。使ってみれば、その緻密な職人技には感嘆の一言です。その機能性はまるで、小さな冷蔵庫そのものです。
最後に「酒器買いのススメ」なのでその入手方法にも言及しなくてはならないですね。私は香川県丸亀市の骨董屋さんと十五年近いお付き合いがあり、ちろりが出たら連絡をもらうように約束しています。ちろりは計五度購入いたしました。戦前のものはこの一点のみでした。ただ、人口10万人の田舎町の話なので、大阪、京都あたりの骨董屋さんをこまめに回れば、出色の錫器のちろりの発掘も可能かと思慮いたします。
次回、シュキ買いのススメ(酒器買いのススメ)は「ティファニーで日本酒を」をおとどけいたします。