全量”地元・丹後産食用米”を使った「白木久」の酒づくり/白杉酒造(京都府京丹後市)
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全国に酒造場は約1,600場あります。小さな蔵から大きい蔵…たくさんあって、生きているうちにすべてのお酒を飲むことは不可能にも思えます。だからこそ、蔵やお酒のストーリーに触れ、興味をもったものから飲んでみて、あなただけのお気に入りの一本を見つけてみましょう。
日本全国酒蔵レポート4蔵目は、「白木久」を醸す「白杉酒造」です。
推定240年以上の歴史ある丹後の酒蔵
京丹後市は京都の北部に位置し、西は兵庫県豊岡市、東は天橋立を有する宮津市に隣接した場所にあり、『丹後ちりめん』など、日本最大の絹織物産地として古くから有名です。「白木久(しらきく)」を醸す「白杉酒造」の歴史も古く、1777年(安永 6年)創業。しかし確認できている最古の文書で「1777年にはすでに酒造りがおこなわれていた」と記されているだけで、実際の創業はもっと前なのではないかとも言われています。
- ▲昭和2年、蔵の再建時に撮影された写真
「白木久」という酒の名前は、「白杉」を「白杦」と表記したことに由来します。母屋と麹室を有する建物(2018年1月に倒壊のため撤去)とは創業当時のまま。現在酒づくりをしている土壁の蔵は、1927年(昭和2年)に起きた北丹後地震によって失われたのち再建築されたものなので、最も新しい建物とはいえ、90年以上の年月が経過しています。
全量「丹後産の食用米」にこだわった酒づくり
「白木久」の特徴といえば、なんといっても全量食用米を使用していること。通常の酒づくりというのは、「山田錦」「五百万石」などの酒づくりに適した「酒米(さかまい)」を使うことがほとんどです。流通が便利になった現在では、全国どこからでも質の良い酒米を取り寄せることが可能です。
しかし白杉酒造では、「美味しいお米で、美味しいお酒を。」をモットーに、地元・丹後産コシヒカリを中心とした醸造しています。地域性や農業の活性化などにより、近年あえて食用米を使う酒づくりは増えてきています。麹米は酒米を使うが掛米は食用米を使う、というところも多いでしょう。しかし【全量食用米使用】というのはとても珍しいことです。
丹後産コシヒカリを使用する理由とは
「せっかく農業が活発な丹後で酒づくりをするんだから、地元の米を使おう」と、「祝(いわい)」という京都の酒米を当初は使用していました。しかしその入手が困難になり、「他県の酒米を使わなければならないのか?」と、立ち止まり周りを見回したとき、「この土地には素晴らしいコシヒカリがたくさんあるじゃないか」「ここで一番の美味しい米はコシヒカリだ」と気がつきます。「せっかくこの地で酒づくりをしていますから、”丹後のテロワール*1”を出したかったんです。」と社長兼杜氏である白杉 悟(しらすぎさとる)さんは語ります。
ワインボトルを採用したのも、テロワールへの想いが込められています。「”なんでワインボトルなんですか?”って気に留めて、質問してもらうことができます。そうすれば”それはね…”と話すキッカケができるじゃないですか。」と白杉社長が語るように、日本酒にこめた丹後への愛着や酒に託した想いは、一風変わったワインボトルという容器をひとつのキッカケにして、酒蔵からわたしたち消費者、または酒屋や飲食店、手土産として渡した相手などにより届きやすくなるのでしょう。
- *1テロワール・・・フランス語で土地を意味する。ワインの原料であるブドウは育つ土地の養分、地理や風土によって同様の特徴や傾向を見ることができる。そのためその土地らしさや特有の性格を表現することを、ワインの用語でテロワールという。
様々な表情を見せる「白木久」の味わいと多彩なバリエーション
地元の名産コシヒカリを100%使用した純米酒、純米吟醸酒、純米大吟醸酒をはじめ、ササニシキを使用した「銀シャリ」、食用米にこだわり新しい提案をするという意味でチャレンジした熊本県産「森のくまさん」と全量白麹を使用した「46903(しろくまさん)」など少量ずつながらも、技術力アップも兼ねて、様々な商品を展開しています。
- ▲リンゴ酸高生産性の協会77号酵母を使用した「MIRROR・MIRROR」。有名なおとぎ話をイメージしている。他には黒麹を使用した「ブラックスワン」というみかんのような、まるでお菓子のような酸味と甘みを持つ商品も。
超軟水の地下水を使用して、地元産のコシヒカリやササニシキでつくる白杉酒造のお酒は、口当たりまろやかで柔らかく優しい味。飲んだ瞬間一気に鼻腔を駆け巡る華やかな香り、そしてフレッシュな味わいは飲む人の記憶に残ります。「今まで日本酒って苦手だったけど、これなら飲める」といってファンになる人も多いお酒。出来たてのフレッシュさにこだわり設計されており、タンク間の移動や瓶詰めの際に酒に与えてしまいがちなストレスや振動をできるだけ削減する努力をしています。
- ▲あまり振動を加えないため導入している瓶詰機。理念のため、かかる手間は惜しまない。
思いきった方針改革、そして賛同してくれる仲間との酒づくり・蔵づくり
- ▲左が岸田 伸哉さん(営業兼蔵人)、右が白杉悟さん(社長兼杜氏)
白杉酒造が、ずっとこのような挑戦的な酒づくりをおこなってきたわけではありません。先代までは、但馬杜氏に毎冬来てもらう通常のシステムで酒づくりをしてきました。しかし前杜氏が引退した頃、杜氏組合の高齢化など時代の変化にともない、変革を決意します。2006年より白杉悟さんが杜氏を務め、夫婦2人での体制に切り替えます。のちに営業兼蔵人の岸田 伸哉(きしだしんや)さんと、農家であり冬季は長年酒づくりに携わっているもう1名が加わり、4年前に現在の体制が確立されました。
- ▲ワンフロアのなかに全てがあるシンプルな蔵内の様子
地元・丹後は昔から慶弔時でも普通酒を贈りあう風潮があります。そのため今後理想とする酒づくりをしながら蔵を存続させていくためには、販路を広げる必要がありました。この時、他の酒蔵で酒づくりと営業を経験してきた岸田さんの経歴が大いに活きてきたのです。東京などの首都圏や大阪、京都市内などの関東圏を中心に、味と理念に賛同してくれる取引の酒屋さんを開拓していきました。その結果、4年前はわずか70石(一升瓶100本=1石)の製造量でしたが、それが140石になり、現在は200石の日本酒をつくっています。それでも供給が追いついておらず、今後は年間250石の増産を目指しているといいます。
もとより増えたといっても、製造人員はたった3名だけ。誰一人として欠かすことのできない状態です。昭和50年のかつて日本酒が最盛期だった時代でも200石ほどの製造量だったといいますから、白杉酒造の大きな挑戦、また新境地はこの3人が全員で背負っているのです。
食用米を使用する難しさと、食用米を言い訳にしないための工夫
米の中心にあってよりデンプン質が多い「心白(しんぱく)」と言われる部分が、食用米にはありません。麹米をつくる際に、麹菌が中心まで深く菌糸を伸ばしやすくするためこの「心白」が日本酒づくりには大切といわれています。米の構造は変えられないなかで、同じような条件で酒づくりするためには、米の外側を乾かして、内側に水分を含ませる必要があります。そうすることで、水分の多い内側に菌糸が伸びやすくなるのです。
麹米の水分量を調整する目的でゴアテックスの布を利用したり、枯らし*2の場所をこだわったり、試行錯誤を繰り返した末に導き出した方法で安定した食用米の酒づくりを続けています。また本来泡盛づくりに使用する黒麹のつくりだす「酸」に着目するなど、品質向上のために良いと思ったことは果敢にチャレンジしてみる――少数だからこそ小回りが利く、というメリットもあります。
- *2枯らし・・・麹室(こうじむろ)でつくられた麹の余分な熱と水分を放出する作業のこと。
- ▲新設された麹室。室だけでなく、蔵全体は徹底した清潔が保たれている。
- ▲主基泉(すきいずみ)は、「白木久」と真逆の熟成を目的としたお酒。日本酒ツウに人気の商品。伝わりやすいように銘柄もラベルデザインも変えている。
日本酒の原料は、米と水と米麹です。穀物である米は世界中のどこにでも運搬することが可能ですし、理想とする水もお金さえかければ容易に手に入る時代になりました。ここに協会から配布される酵母を添加すればお酒はできるでしょう。しかし『その土地でつくる意味』はどこに見出せばよいのでしょうか。地元に多くの酒米が生育する土地でなくても技術力によってカバーすればよい、という証明とともに、「白木久」は『地域性』を米に見出すことを提言しています。日本酒業界におけるひとつの希望、といっても過言ではないのかもしれません。ぜひ一度、手にとって味わってみてはいかがですか。
- <白杉酒造株式会社>
- 代表銘柄:「白木久」「主基泉」
- 京丹後市大宮町周枳954
- (京丹後大宮駅から車で6分)
- TEL: 0772-64-2101
- facebookページ
- 創業:1777年(安永 6年)
- 蔵見学: 不可。夏季限定で併設のカフェスペース有。