日本酒好きなあなたに酔い情報をお届け

MENU

日本酒物語『吞めど 話せど 愛せども』〜愛佳とママの場合

掲載

  • 日本酒は縁を繋ぐ。
    それは時として恋人、夫婦、親子、同僚…様々なあいだを取り持つだろう。日本酒を軸として繰り広げる様々な人間模様を描いていくストーリー。


ここは東京。

都心も都心にも関わらず、昼から酒を飲むことのできる、戦後のドヤを残したような呑み屋街にそのスナックはあった。

「ママ、どうしてこんな思いきったこと考えついたの?」

「あぁ、なんでスナックなのに禁煙にしたのかって?」

「うん、そう」

4cd33c9f79c197d4b2b68da157861f7f_s

「だって日本酒の香りが消えちゃうじゃないの。それに洋子が喘息だったのよ。それも大きいかもしれないわね」

「前まで一緒にやってたママの妹さん?そもそもスナックで日本酒って珍しいよね〜。わたしは好きですけど」

「あんたねぇ?人と同じことやったって、全ッ然意味ないじゃない!(笑)」

ママは開店前、テーブルを拭きながら笑っている。華奢な身体に似合わず「ガハハ」と、いつも通り豪快な笑い声だ。

www-pakutaso-com-shared-img-thumb-dscf5996

ここは女性のお客さんが多い。ママの人柄と、やはり禁煙という点が大きいのだろう。スナック通いする3040代の若い女性がいて、さらには「通いたいけど、どこに行っていいかわからなかった」というニーズが存在するということを、愛佳はここに来て初めて知った。

ママによると「みんな色々辛いことあんのよ!」ということで、常連のリエさんに言わせると「まぁ、スナックセラピーってとこだね」だった。

店のシステムは他とさほど変わらない。ただ飲み放題はなくて、キープボトルがウイスキーか日本酒かの違いだけ。あとはカラオケがあり、日本酒に合うお通しがあり、ママがいて、学生アルバイトの愛佳がいる。15席の小さな普通のスナックだ。

543e2dc6772344b99435bfb12c2a1886_s

ある日珍しく、愛佳が無断遅刻して店の扉を開けると、ママとリエさんがギョッとして息をのんだ。

「あんた、どうしたのその顔?」

……

「あのね。ちょっと、そこ座って待ってなさいね」

言われた通りに愛佳は、カウンター席のリエの隣にちょこんと座った。リエは何も言わず、横顔で温かく愛佳を見守っている。

3e2ebf25942a2b955f226cf12ce681a4_s

「うちには乱暴者や慌てん坊は来ないから、消毒液なんかないのよ」と、普通酒の入った一升瓶とティッシュを抱えるママから手当てされた。切れた口の端に、普通酒がしみる。

「なんも言わなくていいから。今度言いたくなったら言いなさい。でも

「でも……?」愛佳は、震える声で聞き返す。とりあえず帰れって言われるかな。当たり前だよね、こんな状態じゃ営業妨害にも程がある。様々な想いが頭をよぎる。

「でもさ、何度勉強してもしても、男とお酒は失敗しちゃうのよね。好きなんだけど上手くいかないよ。あんただけじゃないわよ」

「そうねぇ」とリエが小さく息を吐いてから、笑った。

愛佳の溢れた涙は、止められずに途切れることなく流れ続けた。辛い気持ちは声にならずに、ただ息を殺しながら肩を揺らしてひたすら泣き続けた。

同級生でも友だちでも彼氏でもない。利害関係のない第三者と話すことが、なによりの癒しになる時があること。今夜、ここ以外駆け込む場所が思いつかなかった腫れた顔の愛佳は、今ならみんなの気持ちを理解することができた。

f0f597c715cadf00e52edebf6599a726_s

こんな時、普通ならお酒なんて勧めないんだろうけど、破天荒なママは愛佳のためにお燗をつけた。気持ちが高ぶった時には、あったかいものを摂りなさいということらしい。それは体温よりも熱い、少しフゥフゥして呑むお燗だった。

燗によって華やかな香りがさらにひらいた、私の田舎・石川の海沿いの酒。散々泣き明かした後の身体と心に、米の甘さが染みこんでいくのを感じていた。

愛佳とママの場合<END>

※このストーリーはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

酒蔵レポート
日本全国酒蔵レポート/「来楽」茨木酒造(兵庫県明石市)

「来楽」茨木酒造(兵庫県明石市)

「来楽」をかもす茨木酒造は、1848年(嘉永元年)創業。今回お話しをうかがった茨木幹人(みきひと)さんで、9代目を数えます。
日本全国酒蔵レポート/「灘菊」灘菊酒造(兵庫県姫路市)

「灘菊」灘菊酒造(兵庫県姫路市)

「灘菊」「MISA33」「蔵人」をかもす灘菊酒造は、1910年(明治43年)に川石酒類(資)として創業。2010年に100周年を迎えました。
地元の米で、水で、人で、つくる酒「賀儀屋」の蔵訪問/成龍酒造

「賀儀屋」成龍酒造(愛媛県西条市)

蔵がある西条市は、愛媛県のなかでも南に位置をし、「うちぬき」がある水の都として有名な場所。石鎚山の伏流水が吹き出すことからこの土地の水は、”打ち抜き水”と呼ばれています。
中沢酒造株式会社(神奈川県足柄上郡)

中沢酒造株式会社(神奈川県足柄上郡)

神奈川の丹沢山系の麓、松田でお酒を醸していらっしゃる中澤酒造さんにお邪魔しました。
中沢酒造株式会社(神奈川県足柄上郡)

豊島屋酒造(東京都)

東京都東村山市にある【豊島屋酒造】さんにお邪魔しました。

ライター プロフィール

日本酒ライター 友美

関友美

日本酒ライター/コラムニスト/唎酒師/フリーランス女将/蔵人
「とっておきの1本をみつける感動を多くの人に」という想いのもと、日本酒の魅力を発信するさまざまな活動をおこなっています。 全国の酒蔵を巡り取材をしWebや雑誌への記事執筆、カルチャースクールのセミナーや講演、酒蔵での酒づくり、各地の酒場での女将業など、場所と手段を超えて日本酒のおいしさと、地域文化の魅力を伝えています。北海道出身。東京と兵庫の二拠点生活中。
Instagram オフィシャルHP

カテゴリー